【This Is Usシーズン6】ケイトとトビーの離婚について【ネタバレ感想と考察】

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エンタメ

『THIS IS US/ディス・イズ・アス 36歳、これから』は、ケイト、ランダル、ケヴィンの3兄弟の育ったピアソン家を中心に複数の登場人物の人生を描いたヒューマンドラマ。今回は、シーズン6にて描かれた、ケイトとトビーの離婚について個人的な感想と考察を語ります。

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THIS IS US ディスイズアス/シーズン6、ケイトとトビーの離婚について

「ケイトわがまますぎ!トビーがかわいそう!」という意見について

THIS IS USシーズン6において描かれた「ケイトとトビーの離婚」。

本作にはさまざまな年代、人種、立場のカップルが登場しますが、中でも群を抜いて「順調そうに」みえていた2人だっただけに、この展開に驚いた視聴者も多かっただろうと思います。いやふつうにショックだよなあ……ケイトビーには最終回まで愛を貫いてほしかったよ…。

さらに、この件についてよく見かけるのが、「ケイトわがまますぎ!」「さすがにトビーがかわいそう…」といった意見ですね。こういった考え方や見方は……まあ平たくいうとかなり的を得ているように思います。

ただ、実際にケイトが「わがまますぎた」というよりは、根本的にこの作品におけるストーリー展開やキャラクター配置、舞台設定などすべてが前提として「ピアソン家の3兄弟」「ビックスリー」を中心になされているわけですよね。

一見群像劇のようにみえますが、やはりキャラクターの描かれ方には少なからず偏りがあるように感じます。

端的にいえば、すべてのストーリー展開がケイト、ランダル、ケヴィン3人の成長や出会い、歩みのために用意されているようなものなんですよね。

だからこそ、そこに”公平性”を期待してしまうと、逆に面白みがなくなるというのかな。あらゆる年代、立場の人に網羅的に”刺さる”作品だと思っていましたが、そう考えるとある意味「見る人を選ぶ」作品ともいえるのかもしれません。

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ケイトとトビーのケンカに敏感な子どもジャック

ただ、ケイトビーの離婚に至るあれこれにおいてもっとも不憫だったのが、彼らの一人息子ジャックくんです。

視覚が不自由なジャック。だからこそ、ケイトもトビーも親として、できることをすべてやってあげよう、与えられるものをぜんぶ与えてあげようと奮闘していたわけですよね。

もちろん親として正しい行動なのですが、ただその方向性がことごとくズレていたりすれ違っていたりしたことが徐々に摩擦を生んでいた気がします。

なんというのか、とりあえず「私たちは親なんだから力あわせて頑張ろうよ!」というよりは、徐々にお互いが「相手よりも良いことをやってあげたい」という、競い合うようなスタンスになぜかシフトしてしまっていましたよね。

トビー「ジャック・ピアソンになれなくて悪かったな」

そして、それを裏付ける最たる描写がトビーのこの台詞です。

「ジャック・ピアソンみたいな父親になれなくて悪かったな!」
「ジャック・ピアソンの代わりに俺と結婚することになって悪かったな!」

このトビーの台詞は、シーズン6どころか実質『THIS IS US』全編通して個人的に一番衝撃的だった言葉だったかもしれません。

あ、ついにそこ突っ込んじゃうんだ……!と。

もはやここに関しては、何もケイト個人の問題ではないような気がします。ケイトだけでなく、ランダルもケヴィンもレベッカも、みんなそうだった。あの火事でジャックを失って以来ずっと、パートナーに対してみんながみんな「ジャック」を求めつづけていたところがあるんですよね。

しかしながら、ジャックほど”出来た”人間はどこにもいない……。だからこそ、自分自身がジャックのような「良い父親」になろうとしたランダルやケヴィンはまだ良いのです。

が、ジャックみたいな「旦那さん」像をトビーに求めたケイトは、いずれどこかで妥協するなり方向転換するなりの必要があったはず。とにかくどこかで「現実」を知らなくてはならなかったでしょう。

これは、いわゆる”お父さんっ子”の宿命なんでしょうかね。死別しているわけですからなおのこと、ケイトのこだわりや執着は一般的なそれよりも強かったのかもしれません。

トビーはたしかに「かわいそう」ではあるけれども、ケイトにとって「ジャック(お父さん)みたいな男性はいない」という事実は人生のどこかで必ず直面しなければならなかったのだろうなと思うのです。

【結論】ケイトとトビーの離婚は「どうしようもないこと」だった

ケイトとトビーの離婚の原因は、単に遠距離恋愛の弊害だったわけではないと思います。

たとえば「キャリアと家庭のバランスの難しさ」であったり、「子育てに対する考え方の相違」であったり、もしくはありがちですがコミュニケーションの問題でもあったり。

本作はビックスリーの年代の変化とともに雰囲気の変わる作品ですが、「パートナーとの付き合い方・距離感」も年齢とともに変化していく部分の一つ。

離婚は自然の流れであり、どうしても避けられないことだったのだろうという解釈が妥当でしょうね。再婚したフィリップもそれなりの過去を抱えていますし、ケイトにふさわしい相手だという気がします。まあ、こういう運命だったんだろうなあ。

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