怪盗クイーン インド『もう一つの0』ネタバレ感想と考察|陽炎村につながる伏線

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怪盗クイーン、待望の最新刊の舞台はインド。『もう一つの0』―『アムリタ』の正体とははたして…? 設定、ストーリー展開ともにいろいろと盛りだくさんすぎた一冊「怪盗クイーン インド『もう一つの0』」の感想と考察を往年のクイーンファンがまとめました。ネタバレありなのでご注意ください。

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怪盗クイーン インド『もう一つの0』 ネタバレ感想と考察

アナミナティ「アムリタ」の正体とははたして…

遅ればせながら「怪盗クイーン インド『もう一つの0』」の感想をば。タイトル通り、舞台はにぎやかな都市が魅力の国インド。いよいよシリーズの終焉を感じさせる空気感がひしひしと伝わってきた一冊でした。

しかしながら、本作の見どころはインドという華やかな舞台や新たな獲物アムリタそのものではなく、結局のところ「アナミナティ」の一語に尽きるのではないかと思います。

クイーンシリーズを通して少しずつ詳細が明かされてきたアナミナティ。

たとえばバトルロイヤル前後編にて登場した「ムンドウ・エクスプ」。ポテンシャルは「願望達成系」とのことでしたが、結局、所有しているだけでは発動しないことが明らかに。発動には”鍵”となるアナミナティが必要となるわけですね。

ムンドウ・エクスプに比べ、インド編の”アムリタ”の詳細は作中ではいまだ明かされていません。作中の表現を借りれば「アナミナティとアナミナティは引かれ合う」らしいので、これまで登場したアナミナティと何らかの形で連動しているんじゃないかなあと予想しています。

調味料だと思い込んでいたらしいクイーンはさておき、今回やたらと行動が早かった皇帝をみるとめちゃくちゃ危険なものであることは間違いないわけですよね。

初めてヤウズくんを同行させず中国に置いてきたことからしても、正直いろいろと察するものがあります。

クイーン×ジョーカーの関係性の変化

アムリタの謎はさておき、今回はクイジョファンにもいろいろ美味しい回だったんじゃないかなあと推測。

正直、はやみね作品の時間の流れはいまだつかめないところもありますが、とりあえずジョーカーくんの成長はめざましいものがあります。どんな危険な場所でもクイーンと命運をともにする覚悟がもう尊い。

一方のクイーンも、女性や子どもとは戦わないジョーカーの前では冥美ちゃんには攻撃しないなど、ジョーカーを随所随所でちゃんと尊重しているのが良き。

バスパ編でもつくづく感じたことですが、やはりジョーカーはある意味、クイーンの良心でありストッパーでもあるんだろうな。少なくともジョーカーがそばにいない場合のクイーンは、間違いなくもっと過激な人なんだろうと思うのです。

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ところでクイーンは、結局のところジョーカーくんをどうしたいんだろうね。イルマ姫とくっつけたいのか自分のもとで天寿を全うしてほしいのか、まあ複雑なんだろうなあと思いますが。

特に今回、あえて女性と戦わせて「強くなった」と褒めたシーン、すごく好きなのだけど正直意図がよくわからない部分もありました。

「怪盗クイーンは子どもに嘘をつかないよ」。このセリフに心臓を撃ち抜かれたファンはきっと多いはず。ジョーカーくんがどれだけ鍛錬を積んで強くなろうが、クイーンからすると「守るべき子ども」であることは間違いないのでしょう。

友人だのパートナーだの言い合っていますが、やっぱり一番しっくりくる定義は「親子」なんだよなあ。

次回の舞台はフランス陽炎村、ラルウァを封印したクイーンの過去

次回、最新刊の舞台はフランス陽炎村(!?)。ジョーカーのみならず、クイーンの過去までしっかり描いてくれるのは意外でした。

まさかモナコ編で物議を醸した「両親の墓参り~」あたりも描かれるのでしょうか。とりあえず楽しみでしかたない。

インド編のラストを考えると、次回はアナミナティを人間に使わせまいとするクイーンと皇帝が動き出すところから始まりそうですね。あの二人が岩の下敷きになったくらいで動けなくなるとは思えません。

一方で、危険回避のためおいて行かれた形になるジョーカー、ヤウズはどうするかなあ…。シドくん経由でICPOと組むことは可能でしょうが、そもそもICPOの危険な思想を考えればそれは得策ではないはず。

個人的には、陽炎村の一件と収容所の襲撃事件はどこかでリンクしているのではないかと予想しています。

何といってもはやみね先生は複数の世界戦を一つに束ねる神ですから、作品の構造がどれだけ複雑であろうと無駄な伏線は一切ないはず。クイーンとジョーカーの過去がリンクしてるとかアツいね! 続く展開にも注目です。

ヤングクイーン&リトルジョーカー 妄想小説×5

以下はpixiv再掲、二次の概念がわかる方のみお読みください。

ヤングクイーン&リトルジョーカー 二次妄想注意】

舞い散る雪の中で

――これは、とある冬の日のお話。

銀髪の麗人が小さな少年を拾ってから、数年後のある日のことである。

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高空に浮かぶ巨大な飛行船の中。

日課の鍛練を終えた後、クイーンは、汗を拭いている小さな少年をじっと見つめた。

「ジョーカーくん、随分大きくなったねえ……子どもの成長は、本当に早いものだね。もしかして、いつも着てる服もそろそろ小さくなってきたんじゃないかい?」

なぜかやたら嬉しそうなクイーンに首をかしげながら、ジョーカーはうなずいた。それまでの彼は、成長を喜ばれたことなどなかったからだ。

収容所では、服が小さくなって着られないと言うと、必ず面倒そうなため息が返ってきた。

……この人は、違うんだろうか?

ちらりとクイーンの顔をうかがう。

クイーンはそんなジョーカーを全く気にせず、踊るような足取りで自室から大量の子供服カタログを持ってきた。

「この時のために、集めておいたんだよ。きみはいつも、同じデザインの中国服ばかり着てるからね。ほら、これなんかいいんじゃないかい?きっと、よく似合うよ。」

クイーンがよく着ているような真っ赤な布で作られたやたら派手なデザインの服を見せられ、ジョーカーはため息をついた。

人間ばなれした美しさを持つクイーンにこそ似合うが、自分に似合うとは思えない。

「ぼくは、今着ているデザインで満足しています。ただ、少しサイズが合わなくなっただけです。」

しかし、夢中になっているクイーンの耳にはジョーカーのことばなど入らない。

「よし!昼食を終えたら、一緒に買い物に行こうじゃないか。」

断っても、無理やり連れていかれるんだろうな……。

ジョーカーは、ため息をついた。

トルバドゥールはその日、フランスの上空に浮かんでいた。

パリ―――有名服飾ブランドの店が立ち並び、流行を発信するファッションの都。

派手な装飾を好むクイーンの心がどれだけ弾んでいたかは想像に難くない。

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クイーンは鼻歌を歌いつつ、衣装部屋から真っ白なコートと揃いの帽子を取り出した。続けて小さな箱から、子ども用のポンチョと耳当て付きの小さな帽子を取り出す。

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ジョーカーのために取り寄せておいたものである。

「ジョーカーくん!ちょっと来てみたまえ!」

クイーンの呼ぶ声に、少年は従順な子犬のように走ってきた。

「何ですか、クイーン?」

素直な声で問う様子は可愛らしく、クイーンは微笑む。

「午後は買い物に行くからね。トルバドゥールに居ると分からないけれど、地上は寒いんだ。きみのための防寒具を用意したんだけど、サイズが合うか不安でね。着てみてくれないかい。」

ジョーカーはポンチョを受け取ったものの、ぽかんとしている。

収容所では、防寒具などという言葉を耳にしたことはない。どんな極寒の訓練でも、少年たちの服装はいつも同じものだったし、それに疑問を持つ者も居なかった。

なかなか着てみようとしないジョーカーに焦れたクイーンが、ポンチョを取り上げて着せかける。

「うん!これなら大丈夫だね!揃いの帽子もあるからかぶってみたまえ。うん、よく似合うじゃないか。」

ジョーカーは、そっと布地に触れた。初めて身に付けるような固くてしっかりした布は、彼の肌によく馴染んでいた。

くすぐったいような、恥ずかしいような気持ちをうまく言葉にできず、ジョーカーはうつむく。

「……ありがとうございます。」

やっと口にしたささやくような言葉を聞き逃さず、クイーンは幸せそうに微笑んだ。

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「クイーン!そんなに沢山買わないでください!数枚あれば充分ですよ!」

「いいじゃないか。あれもこれも、きみによく似合うんだから。それに、どうせ何年か経てば入らなくなっちゃうだろう。」

ジョーカーが何を言おうと、クイーンの買い物熱は冷めない。

諦めたジョーカーは、少し離れてため息をつく。

「……あ。」

店の窓にふと目をやったジョーカーは、小さく声を上げた。

灰色の空からは、真っ白な雪がひらひらと舞い落ち始めていた。

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大量の服を買いこみ、ついでに食品や日用品も買い込んだクイーンは、白く染まってゆく街を足早に歩いていた。

片手には、傍らを歩く小さな少年の手がしっかりと握られている。

「少し遅くなっちゃったね。ごめんね、ジョーカーくん。お腹すいただろう?」

「……いえ。」

視界に広がる雪にみとれたまま答えるジョーカーの瞳は、舞い散る雪の輝きが映り住んだかのようにきらきらと輝いていた。

以前見た雪は、こんなに綺麗だっただろうか?

クイーンに手を引かれて歩きながら、ジョーカーは考える。

記憶に残っている雪の色は、純白ではなく、輝きを失った灰色だった。

死にかけていたあの日、体に降り積もった雪からは、間違いなく死の香りがしていた。

自分の手を引いて歩いているクイーンの横顔を、そっと盗み見る。

雪と同じ色のルージュで色を消した唇には、うっすらと微笑みが浮かんでいた。

それは、見慣れているはずのジョーカーにも、息を飲むほどの美しさであった。

クイーンから目をそらし、ジョーカーは舞い散る雪にそっと手を伸ばして小さく息をつく。

純白の雪の中、このまま手を引かれてどこまでも歩いていきたいような気がしていた。

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Star Ring Child

目を覚ましたとき、すでに部屋のなかが薄暗くなりはじめていた。いまが朝なのか昼なのか、ここがどこなのか、自分がだれなのか…… 一瞬、何もかもがわからなくなり、少年はぱちぱちと瞬きをした。なんだか世界中でたったひとり取り残されたようで、心細く、寂しかった。

 きょろきょろ辺りを見渡して、ようやくそこがトルバドゥールの自室であることを知る。体にかけられたお気に入りのブランケット。部屋の机には、解いていたはずのクイーン作成問題集が開いたまま置かれている。どうやら勉強の最中に睡魔におそわれ、いつのまにかぐっすりねむってしまったらしい。そして自分をベッドに運んだのは、クイーンに違いなかった。

ーー怒っているだろうか?

 拾われて一緒に暮らすようになってしばらくたつが、クイーンに叱られたことなどない。少年が生真面目ですなおな性格であるということもあり、またクイーンのほうでも、小さな友人を心地良い空間でもてなそうと多少、気張っているところがあった。しかし子どもが幸福に生活していくのに適した環境というものを知らない少年は、時折びくりとおびえる心をいまだに手放すことができていないのだった。

 うすいカーテンの向こうの景色がひどく明るく輝いている。まるで夢幻のように。そのかがやきに反比例するように、こころがずっしりと重く沈んでいくのを少年は感じた。頭がぐらぐら揺れるような心地がして、思わず拳をにぎりしめる。不安定な感情を振り払おうと部屋を出て、クイーンの姿をさがした。

 クイーンはキッチンに居て、なにかをぐつぐつ煮ているところだった。寝起きのせいか、その光景は妙にまぶしく、あたたかく見えた。ただ立っているだけで周囲がぱっと明るくなるような不思議な色彩の髪。白く透き通った肌。熱心に鍋をのぞき込むときの、とがったあごの線。

 その顔がゆっくりと振り向き、その表情がぱっと明るくなった。

「ジョーカーくん、やっと起きたのかい。もう、待ちくたびれちゃったよ。よく眠っていたようだったから、起こさなかったけど……」

 ほら、味見してみてよ。ビーフシチューがとってもおいしくできたんだよ。きみと食べようと思って、じっくり煮込みながら待っていたんだからね!

 得意げに話しつづけるクイーンから小さな器を受け取り、ジョーカーは慎重に口をつけた。食欲をそそる香り。よく煮込まれたスープの旨味が忘れていた空腹を刺激する。

 とてもおいしいです。

 つぶやくと、クイーンはうれしそうにふふふと笑った。

 その笑いは、ジョーカーがこれまでに聞いたどの音にも似ていないのに、どこか懐かしい響きを持っていた。すでにこの地球上のどこにもない、懐かしい故郷の物音、耳に心地よい波音、どこかで嗅いだ瑞々しい緑の匂い、ざわざわいう木々の音……そんなものたちを想起させる声だった。

「怒ってないんですか?」

「何のことだい?」

 勉強の途中で眠ってしまったことを詫びようとしたのだが、クイーンは鼻歌を歌いながら料理をよそうのに夢中でこちらを見ていない。

「ほら、きみも早く座りたまえ。あったかいうちに食べないと、もったいないからね」

 促されて、クイーンの向かいに腰掛ける。

 皿から立ち上る白い湯気のせいか、ふいに視界がぼやけて、あわてて手でぬぐった。それをごまかすように、シチューを一口すする。

 夜のキッチンには、どこか神聖な空気がただよっている気がした。

 これからの人生に、たとえ今日のような日はあっても、この静かな気配を感じながら、こんなにじっくり煮込まれたビーフシチューをこんな気持ちで食べることは、きっともうないのだと思った。

 上目遣いで、正面に座るクイーンを盗み見る。

 クイーンはなぜか自分のぶんを口に運ぼうとせずに、にこにこほほえみながらこちらを見ていた。

「……食べないんですか?」

「わたしはきみが起きるまでずっと味見をしてたから、それでお腹がいっぱいになっちゃったんだ。それにきみがあんまりしあわせそうに食べるものだから、ついうれしくなっちゃってね」

 しあわせそう?

 思わずクイーンの言葉を、こころの中でなぞる。

 そうか、気を付けていないとあふれ出してしまうようなこの気分を、しあわせというのか。

「……トルバドゥールのなかでは、時間がゆっくり流れますね」

 返答に困り、なんとなく思ったことを口走った。言ってから、本当にそうだと思った。少なくとも収容所では、こんなに穏やかな気分で食事したことはない。

「そうかい? そうかもしれないね」

 クイーンは曖昧にほほえみ、ジョーカーのカップに飲み物をそそいだ。

「きみは育ちざかりなんだからね。たくさん食べるんだよ」

 自分はワインを持ってきて、うれしそうに飲みはじめる。

 キッチンのぼんやりした明かりに照らされながら、時間はゆったりと流れていった。

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Never let me go

買い物の合間に立ち寄った大きな市は、多くの人々でにぎわっていた。客を呼び込む物売りたちのよく通る声。異国の女性が身にまとうひらひらした色あざやかな布の色。近くの屋台で焼いている香ばしい肉の香りが食欲を誘う。

「すごいにぎわいだね、ジョーカーくん! きみは何か欲しいものはないのかい?」

 すでに大量の荷物を抱えているクイーンが、かたわらを歩く少年に話しかける。物珍しさにきょろきょろ辺りを見渡していた少年が、きらきらした瞳をクイーンに向けた。

「いいえ、クイーン。こうして見ているだけでじゅうぶんです」

「きみは遠慮深い子だね。まあ、この空間を堪能するのもこの市の楽しみのひとつだ。でも、ほんとうに人出がすごいから、はぐれないようにね」

 生真面目にうなずく少年に、クイーンはやさしい笑顔を向ける。しかし自分の手元に視線を戻すと、その顔がふいにくもった。

「しまった! うっかりしていて、間違った大きさの絨毯を買ってしまったよ。柄は気に入ったんだけど、トルバドゥールに合うものがなかったからオーダーメイドにしてもらおうと思ったのに……変えてもらいたいが、この荷物では今から戻るのもおっくうだね……」

 肩を落とすクイーンに、ジョーカーがいう。

「それくらいの荷物だったら、ぼくでもなんとか持てます。あなたがさっきのお店に行っているあいだ、ぼくはここで待ってますよ」

「ほんとうかい? さすが、持つべきものは友だちだね。じゃあ、すぐに戻ってくるからね」

 ジョーカーの肩をぽんとたたき、クイーンはいそいそと人ごみに消えた。ジョーカーは手渡された荷物を握りしめる。パートナーとしてクイーンの信頼を得るためにも、こういうところで自分の役目をしっかり果たさなければならない。

 使命感に燃えるジョーカーの肩を、背後からふいにだれかがたたいた。荷物を取り落とさないよう注意しながら、ジョーカーはあわてて振り返る。

 立っていたのは、抜け目のない目つきをした若い男だった。地味で目立たない服装。とってつけたような笑みが妙に不気味だった。

「……なんですか?」

 警戒しながら問うジョーカーに、男はうさんくさい笑みをくずさずに言う。

「その荷物、重そうだね。持ってあげようか」

「けっこうです」

 渡すものかと手に力をこめるジョーカー。男はかさねて聞く。

「親御さんは、近くにいるのかい? それとも迷子かな? もしそうなら、一緒にさがしてあげるよ」

 この段階で、ジョーカーには男の正体がわかった。ひとりでいる子どもに優しく声をかけ、油断させたところで連れ去って、売り飛ばす。子どもをターゲットにしている、巷で有名な人身売買組織である。収容所にいた子どもの一部も、そして収容所を脱走したジョーカー自身も、何度かねらわれたことがある。

 普段なら、こんな男ひとりを倒すくらいジョーカーにとっては何でもないことである。しかし今は、クイーンに託された荷物を両手に抱えているので、構えを取ることができない。自分の身を守るためにクイーンとの約束を破るなど、幼い少年には考えられなかった。

 それに。

……親御さんは、近くにいるのかい?

 男の言葉が、少年の胸にちくりとささった。

 クイーンは、親ではない。自分には、親などいない。いつ生まれたのかも、どこで生まれたのかも分からない……あまりにも曖昧な存在なのだ。

 物心ついたときからそんなことにはとっくに気づいていた。ただ、クイーンと暮らす日々がひどく穏やかであたたかいものだったので、しばらくそんなことを忘れていたのだ。

 ふさがりかけた傷跡がわずかな刺激でふいに開くように、普段は頭の片隅に押し込めている記憶がゆっくりと顔を出すのを、ジョーカーは感じた。 

 目をこらしてもなにも見えない暗闇。ぴったりとした首輪の重み。顔も見えないだれかを思いきりなぐりつけたときの、あのなんとも言えない苦い感覚。

 つらい環境に身をおいているとき、人は、本当の意味ではそのつらさを実感できない。その環境に適応するため、心がにぶく痺れているためだ。つらさを実感するのは……そこから逃げ出して、久しぶりにその記憶を思い出した瞬間である。

 視界全体が、唐突に真っ赤に染まったようだった。

 沸いた湯がほとばしるようなはげしさで、ジョーカーの小さな体から殺伐とした気配が放たれる。

 青ざめた顔で、男が一歩後ずさった。血走った眼をした少年は、相手のおびえになど気づかない。荷物を抱きしめたまま、間合いをつめる。

 その両肩に、ふいに白い手が置かれた。

「うちの子に、なにか用かな?」

 手の主が、静かな殺気を男に向ける。青い顔をした男はそそくさとその場を立ち去る。

 ジョーカーは黙って後ろを振り向いた。絨毯を小脇に抱えたクイーンが、静かにそこに立っていた。

「待たせて悪かったね、ジョーカーくん。でもいくら待たされたからって、知らない人と喧嘩なんかしちゃ駄目だよ」

 ジョーカーの抱えた荷物を、そっととりあげる。もう片方の手で、ジョーカーの小さな手をつかんで歩き出す。

 ジョーカーは何も言えずされるままになっていた。意識がはっきり戻ってくるにつれて、ようやく自分がどこにいるのかを思い出す。視界の色が、ゆっくりと元通りにもどっていく。周囲のざわめきが、水のなかから出たときのように徐々に聞こえはじめる。

「もう一度見てみたら、ちょうど良いサイズの絨毯があったんだよ。だけど値下げ交渉にすこしてまどっちゃってね……」

 さっきの出来事について、クイーンもなにも言わない。明るい口調で話しつづける。

「クイーン……」

 ごめんなさい、と言いかけて、でもやはり言えないまま、ジョーカーは自分の手を包む大きな手を見つめる。

 クイーンはさっきの様子を、いつから見ていたのだろう。

 ぼくの名は、ジョーカー。クイーンの仕事上のパートナーなんだ。それ以上でも、以下でもない。

「ねえジョーカーくん、今日はなにが食べたいかい? 香辛料をたくさん買ったんだ。辛くて元気の出る料理でも作ってみようかな」

 日常はつづいていく。誕生日さえわからない曖昧な存在である自分を「うちの子」と呼ぶ、このひとのそばで。

「ジョーカーくん、聞いてるのかい?」

 はっと顔を上げると、色素の薄い瞳が目前にあった。細い指が伸びて、ジョーカーの頬をつんつんといじる。

「ぼんやりしてちゃ駄目だよ。人込みではなにがあるか、わからないんだから」

じんとしびれるような心地から、ジョーカーはふいに覚める。空気のとどこおった部屋に、急にしんと冷たい空気が入ってきたときのような心地良さ。意味もなく、ほほえみたくなる。思うだけで、自分にはできないことだけれど。

世界は、自分が思うよりきっと、ずっと広いのだ。

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