映画『糸』は、平成から令和にかけての時代を背景に、運命の赤い糸で結ばれた二人の男女の関係性を並行して描くラブストーリー。恋愛模様だけでなく、人間関係や人生の選択について深く考えさせられる一作です。
今回は、玲子がヒロイン・葵を裏切った理由や、香が「かわいそう」といわれる理由について。ネタバレを含むのでご注意ください。
映画『糸』ネタバレ感想| 玲子・香について
玲子が葵(小松菜奈)を裏切った理由は?
玲子がヒロイン・葵を裏切った理由は「どこまでも行きたかった」から。周囲を蹴落としてでも自分一人でのし上がりたいという鉄の意思は、おそらくはキャバクラ勤務時代に身につけた処世術のひとつなのでしょう。
もっとも葵からすれば「そりゃないぜ…」案件には違いありませんが、しかし傍から見ればものすごくリアルな、ありがちな理由だと思うんですね。本当に、だから友だちと組んでビジネスなんてやるべきじゃないんだよ。
とはいえ、このエピソードを通して伝えたいのは「裏切った玲子がひどい」という単純なものではないはず。
どちらかといえば、家族を含め決して人に恵まれていないヒロイン・葵が、それでも他人を信頼する心を失っていないことを強調するための出来事だったのではないでしょうか。
葵自身がだれに裏切られても決して裏切る側には回らないのは、おそらく彼女の根底に、幼い頃に無償で助けようとしてくれた漣の存在があるから。
漣の存在は、たとえ離れていても葵にとってまだ思い出にはなっていないんですよね。
香(榮倉奈々)は「かわいそう」なのか?
裏切られ、やむなく日本に帰ってきた葵。
彼女が最終的に漣(菅田将暉)と結ばれたことで、彼の元妻・香(榮倉奈々)の立場がない、かわいそう、といった声も上がっています。
正直、このあたりの解釈は人によって全く違うんだろうなと思うんですね。
前提として、香(榮倉奈々)のキャラクター性はすべて、漣(菅田将暉)に何か重要なことを気づかせるために巧妙に作りこまれたものだと思うのです。
極端な話、香(榮倉奈々)がいなければ漣(菅田将暉)が葵と再び巡り合うようなこともなかったんじゃないかな。
病を得て小さな子どもを残して亡くなったのは「かわいそう」ではありますが、自分の命より子どもを優先すると決めたのは何より彼女の意志です。
ある意味では、劇中のキャラクターのだれより「わがまま」に生き抜いた人でもあるのかもしれません。
倍賞美津子の台詞「あの子は強い子だから!」
そして、劇中にて漣(菅田将暉)と葵(小松菜奈)の関係を後押しした人物がもうひとり。
そう、倍賞美津子さん演じる食堂のおばちゃんです。
「あの子は強い子だから!」。終盤でのこの台詞が本当によかった。
葵(小松菜奈)は実際「強い子」なので、たとえこの先漣(菅田将暉)が傍にいなくてもひとりで生きていくことはできるでしょう。
でも、ひとりで生きていける人をただひとりで歩かせるのは、この作品の主題に大きく反する。
人と人は、出会うべきときに巡り合う。
倍賞美津子さんの台詞は「あの子は強い子だから(ちゃんとつかまえとかないとひとりでどこまでも行っちゃうよ)!」ということだったんじゃないかな。
そんな生き方を続けていたら、葵自身もいつかきっと「どこまでも行きたかった」玲子と同じような人間になってしまう。
ふたりが結ばれるのは、やはりあのタイミングがベストだったのでしょう。