自身を”魔女見習い”と称するシンガーソングライター吉澤嘉代子さんをご存じだろうか。彼女の楽曲には、耳に残る独特の声色、そして短編小説を読んでいるような気にさせられる濃密な世界観が相まり、唯一無二の空気感が広がっている。
今回は特におすすめしたい吉澤嘉代子の代表曲5選について、歌詞の特徴とあわせてご紹介。
吉澤嘉代子のおすすめ曲5選!
①『ものがたりは今日はじまるの feat.サンボマスター』
『ものがたりは今日はじまるの feat.サンボマスター』は、吉澤嘉代子とサンボマスターのコラボ楽曲。作詞作曲は山口隆 from サンボマスター。
また、MVに女優の吉岡里帆さんが出演していることでも知られている。
歌の主人公は家に閉じこもり、外に広がる世界に漠然とした恐れを抱いている。どうしようもない不安が、曲の序盤<私にははじめる場所がないような気がする>というフレーズに色濃くあらわれている。
しかしそれでも、主人公は完全に”絶望”しているわけではない。
<私を連れて行ってください あなたの胸に呼吸を止めて/ わたし駆け出したいの/ 物語がはじまるの 物語をはじめるの>
『ものがたりは今日はじまるの feat.サンボマスター』
「物語をはじめる」ことの苦しさ、そして楽しさ。その両方がこの楽曲を歌う吉澤嘉代子の声色の中ににありありと表現されている。
吉澤嘉代子自身にも約5年間の不登校経験があることは、彼女自身が過去のインタビューなどにて語っている。それもまた、サンボマスターの描き出した独特の淋しさと希望が同時に表現されたこの楽曲が彼女のイメージにぴたりとハマっている理由の一つなのかもしれない。
②『月曜日戦争』
『月曜日戦争』は、吉澤嘉代子の初のシングル曲。作詞作曲は吉澤嘉代子。バカリズムのドラマ・映画『架空OL日記』の主題歌に抜擢されている。
『月曜日戦争』は曲調・歌詞ともにきわめてファンタジックな雰囲気をもつ楽曲だ。
<ああ憧れの貴方なら どうしたでしょうか/ 月のひかりに照らされた/ わたしは誰だっけ>
『月曜日戦争』
この曲をすみずみまで味わうためには、ドラマ・映画『架空OL日記』と合わせて楽しむことをおすすめしたい。
『架空OL日記』とは、バカリズムが架空のOLになりきって綴ったブログが書籍化され、のちに映像化されたものだ。ここではネタバレは避けるが、型にはまった起承転結というものがあまりなく、淡々と流れていく素朴な時間をそのまま楽しめる作品だと思う。
この星を守ってきたのは いつだってそう
『月曜日戦争』
ヒーローではなくて ヒーターだったの
歌詞そのものが普通に面白い。ストーリー性が高くユーモアに富んでいるのもまた、吉澤嘉代子楽曲の大きな特徴の一つと言える。
③『地獄タクシー』
『地獄タクシー』は、吉澤嘉代子のアルバム『屋根裏獣』収録曲。作詞作曲は吉澤嘉代子。
『地獄タクシー』については、ぜひミュージックビデオの映像と合わせてこの楽曲のきわめて非日常な世界観を存分に楽しんでほしい。
「お客さま」「はい」
『地獄タクシー』
「貴女」「はい」
「貴女、もう地獄に落ちてますよ」「え」
この曲は、吉澤嘉代子の楽曲作品の中でも一番”短編小説っぽい”なあと個人的に思う。
夫の首を持って失踪した妻。逃げて、逃げて、ようやく乗り込んだタクシーの運転手に「あなたはもう地獄に落ちている」と告げられる。
聴き進めるうち、やがて妻だけでなく首を持っていかれた夫のほうも「地獄行き」であるという衝撃の事実がわかってくる。しかしながらこの夫婦のあいだにいったい何が起こったのか、具体的なことは何一つ語られていない。
歌詞の中ですべてを説明するのでなく、リスナー側に想像の余地をあたえる。この点がなんともエンターテイナー性に富んでいてとても好きだ。個人的にぜひライブで聴きたい楽曲ナンバーワンでもある。
④『泣き虫ジュゴン』
『泣き虫ジュゴン』は、吉澤嘉代子のアルバム『箒星図鑑』収録曲。作詞作曲は吉澤嘉代子。
海水にのみこまれた日 産声をあげたんだよ
『泣き虫ジュゴン』
あたらしい世界に泣いたのは哀しいからじゃなかった
心がふるえていたから
誰にもわからないように海の中で泣く”泣き虫ジュゴン”とは誰のことなのだろう。
歌の主人公が「ジュゴン」であるため一見特殊な世界観に思えるが、歌詞を細かく聴いていくと、まるで自分に寄り添ってくれているようだと感じられる人は多いのではないだろうか。
⑤『残ってる』
ラストは吉澤嘉代子の代表曲『残ってる』。作詞作曲は吉澤嘉代子。以前『関ジャム』出演時に披露したことでも話題になった。
『残ってる』は、朝帰りの女性の内面を鮮明に描いた切ない曲だ。描写や表現が非常にていねいで細かく、その生々しさを評価している人も多い。
まだあなたが残ってる からだの奥に残ってる
残ってる
ここもここもどこかしこもあなただらけ
個人的にいちばん好きなのは<駐輪場で鍵を探すとき かき氷いろのネイルが剥げてた>という歌詞だ。「かき氷いろ」と聴いてとっさにイメージする色合いは人によって全く違うだろう。
そんなふうに解釈が別れるワードやフレーズをあえて放り込んで、それ以上むだな説明描写を一切しないところがすごく吉澤嘉代子らしい。
恋人とすごす時間を描いた楽曲は世の中にたくさんあるが、”朝帰りの女性”の内面をこれだけ素朴かつ文学的な歌詞で綴った楽曲はなかなかないだろう。
歌詞の行間一つ一つに、夜の熱がまだ”残った”状態で朝の街をふらふら歩く女性のよるべなさが濃厚にただよっている。『残ってる』という楽曲タイトルそのものが非常にストレートでリアリティに富んでいる。定期的に聴きたくなるラブソングの一つだ。