2023年10月に公開される岩井俊二監督映画『キリエのうた』の主題歌・挿入歌が続々とYouTubeの公式アカウントにアップされている。
中でも主題歌の『キリエ・憐れみの讃歌』がとても好きだったので、聴いた感想をまとめてみた。
『キリエ・憐れみの讃歌』概要
元BiSHのメンバーであるアイナ・ジ・エンドが歌う『キリエ・憐れみの讃歌』は、映画『キリエのうた』の主題歌。作詞作曲は小林武史。
当楽曲は劇中でアイナ・ジ・エンド自身が演じる”キリエ”名義でリリースされている。
”キリエ”とはどういう意味?
この映画のタイトル『キリエのうた』をひと目見たときにまず思ったのは「おや…そもそも”キリエ”ってどういう意味だったっけ…?」ということだった。
私自身はクリスチャンではないけれど、クリスチャンの友人と親しくしていたことがあるため、聖書やゴスペルソングなどの知識が多少はある。
以前ちらっと見たことのある讃美歌の歌詞のどこかで「キリエ」というワードをたしかに見聞きしたような覚えがあったので、あらためて調べてみた。
キリスト教における「キリエ」
「キリエ」というワードは、讃美歌の歌詞の中にたしかにあった。
しかも、最も重要な部分と言える。
Kyrie eleison, Christe eleison, Kyrie eleison.
「Kyrie あわれみの讃歌」歌詞より
(主よあわれみたまえ、キリストよあわれみたまえ、主よあわれみたまえ)
『Kyrie あわれみの讃歌』は、ミサ曲の中で一番最初に歌われる重要な曲だ。
ちなみに「Kyrie」とはギリシャ語のkyrios(主)の略称であり、「キリエ」は礼拝における重要な祈りの一つ。
『Kyrie あわれみの讃歌』は、曲タイトル通り、あわれみ深い神を讃える歌である。
『キリエのうた』主題歌『キリエ・憐れみの讃歌』はどんな楽曲?
『キリエ・憐れみの讃歌』はタイトルこそ『Kyrie あわれみの讃歌』に似ているものの、歌詞の内容じたいには宗教的な雰囲気をにおわせる描写は全くない。
あくまでアイナ・ジ・エンドが演じるキリエという女性の内面を描いた楽曲ということなのだと思う。
歌詞をみてみよう。
<世界はどこにもないよ だけど いまここを歩くんだ>
『キリエ・憐れみの讃歌』
このメインのフレーズを聴いたとき即座に思い浮かんだのは、同じく小林武史さん作曲の楽曲『Swallowtail Butterfly ~あいのうた~』(岩井俊二監督映画『スワロウテイル』主題歌)のワンフレーズだった。
<ここから何処へ行っても 世界は夜を乗り越えていく>
『Swallowtail Butterfly ~あいのうた~』
勝手なイメージだけれど、小林武史さんの描き出す歌の世界観には、常に『世界』という壮大な概念が存在する。
『世界』はどこにもない。
『世界』は夜を乗り越えていく。
ご覧の通り、楽曲内の一人称はありがちな『わたし』『ぼく』『きみ』『あなた』ではなく、『世界』なのだ。『世界』というのは今この瞬間、同じ社会を同時に生きている『わたしたち』の総称なのだろう。
つまり『キリエ・憐れみの讃歌』は、キリエという女性一人を描いたものではなく、彼女を通していまを生きる全ての人の心を壮大に描き出した楽曲と言えるのかもしれない。
『キリエ・憐れみの讃歌』はありふれた日常をやさしく歌った楽曲
同じく小林武史さん作詞作曲の楽曲『共鳴』(映画『リリイシュシュのすべて』挿入歌)の歌詞に、以下のフレーズがある。
<この肉体の中から 響きが生まれて あなたに辿り着いて 共鳴する>
『共鳴』(映画『リリイシュシュのすべて』挿入歌)
この箇所は『キリエ・憐れみの讃歌』の歌詞のラスト、
<何度でも何度だっていく 全てが重なっていくために>
『キリエ・憐れみの讃歌』
にちょっとだけ似ているような気がする。
『世界』がどこにもなくても、どこまでも歩きつづけていく。
『重なって』、『共鳴』していくために。
私は小林武史さんの描き出す世界観とそこにのった歌詞にただよう独特な空気感がすごく好きだ。ものすごくインパクトあるフレーズが使われているわけではない。
むしろどこにでもある平易な言葉で、今日のことや明日のこと、そしてその先に広がる、気の遠くなるような長い日々のことがシンプルに綴られている。
日常を描いたさりげないフレーズでありながら、そこには独特の切なさとユーモアがある。聴く人の脳裏には、歌の主人公を通して感じられる自分自身の感情や、自身のこれまでの経験がぼうっと浮かんでくる。
平凡な日常のなかに、特別な出来事なんてほとんどない。
でも、”いまここを歩きつづけて”いれば、きっとどこかに辿り着く。
『キリエ・憐れみの讃歌』という、讃美歌を思わせる楽曲タイトルにしたのは、日常の中に潜む楽しさや哀しさ、切なさをひそかに讃える意味もあったのかもしれない。