『白河夜船』は、人気小説家・吉本ばななさんの名作。安藤サクラ主演で映画化もされており、ファン層のみならず一般人気も高い作品の一つと言えます。今回は吉本ばななの眠り三部作と呼ばれる「白河夜船」「夜と夜の旅人」「ある体験」のあらすじとネタバレ感想について。
吉本ばなな『白河夜船』概要・あらすじ
いつから私はひとりでいる時、こんなに眠るようになったのだろう──。植物状態の妻を持つ恋人との恋愛を続ける中で、最愛の親友しおりが死んだ。眠りはどんどん深く長くなり、うめられない淋しさが身にせまる。ぬけられない息苦しさを「夜」に投影し、生きて愛することのせつなさを、その歓びを描いた表題作「白河夜船」の他「夜と夜の旅人」「ある体験」の“眠り三部作”。
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そもそも「白河夜船」とはどういう意味?
「白河夜船」という四字熟語には、以下の2つの意味合いがある。
①知ったかぶりをすること
②周囲で何が起きたか全く気づかないほどぐっすり寝入っていること。
吉本ばななの著作『白河夜船』においては、もちろん②の意味合いで使われている。
眠りと死は、ある意味ではとても近いもので。作中ではその哀しさとおそろしさ、そして優しさが、登場人物それぞれのエピソードとともにあらゆる形で表現されている。
『白河夜船』あらすじと感想
心の痛みと葛藤、そして過去への後悔から逃れるため「眠りに逃げ」続ける主人公・寺子。
事実上、寺子は不倫をしていることになるのだけれど、読者サイドがそこにあまり不快感を感じずに読み進められるのは、やはり寺子の純真さみたいなものがストーリーの端々に溢れているからなんじゃないかと思う。
もしも今、私たちのやっていることを本物の恋だと誰かが保証してくれたら、私は安堵のあまりその人の足元にひざまずくだろう。そしてもしもそうでなければ、これが過ぎていってしまうことならば私はずっと今のまま眠りたいので、彼のベルをわからなくしてほしい。
吉本ばなな『白河夜船』
眠っていても不倫相手からかかってくる電話のベルだけはなぜか絶対にわかるという寺子。吉本ばなな作品において、あらゆる場面でこうした人間の第六感や、絶対に科学的に説明のつかないような不思議な現象が作中にて丁寧に描き出されている。
主人公・寺子の眠りは、とことん「死」に近いものだったんじゃないかと私は思う。だからこそ、眠りの中で不倫相手の奥さん(植物状態)に会って会話をすることもできた。
ストーリー展開や主人公の思考回路、発想、行動がとことん現実的でないからこそ、むしろ現実世界の冷たさと暗さ、その向こうにある温かさが作中でいい感じに見え隠れしている。恋愛に関わらず、現実世界に疲れ切った人が読むと、たしかな癒しの効果を感じられる作品だと思う。
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『夜と夜の旅人』(『白河夜船』収録) あらすじと感想
『夜と夜の旅人』は、吉本ばななの『白河夜船』収録の短編。若くして突然 亡くなった青年。彼にとらわれたまま、なかなか動き出せずにいる人々の心情を丁寧に描いた一作。
「お兄ちゃんのことを思い出す時、いつもまぶしいような奇妙な気持ちになる。…あの人は本当にいたのだろうか。いたとしたらそれは、かけがえのないことだったんじゃなかろうか、そういう気持ちに。」
吉本ばなな『夜と夜の旅人』
主人公は亡くなった青年の妹である。彼女の気持ちはきっと、物語終盤で出てくる上記の台詞に集約されているのではないだろうか。
親しい人が前触れもなく突然亡くなったとしたら、心構えなんて全くできていないまま、急にそこからいなくなってしまったのだとしたら、心の整理なんて普通はできない。だからつい、その人が何事もなく戻ってくるのを「待ってしまう」んだろうと思う。
亡くなった青年を待っていた恋人は、それから一年間、どっぷりと病んでいた。つける薬なんてどこにもない、だからせいぜい、過ぎていく時間をなんとか味方につけるしかない。誰の人生にも、きっとそういう時期が一度は巡ってくるんじゃないだろうか。
「ねえ、毬絵。私たちのこの一年間は不思議だったよ。人生の流れの中で、ここだけ空間の、速度も違う。閉ざされていて、とても静かだった。」
吉本ばなな『夜と夜の旅人』
その時はとても苦しいけれど、ずっとあとになってみるとその時間そのものがとても愛おしく思えたりすることもある。そんなとらえどころのない時間を、ものすごく事細かに描いた一作だと思う。
『ある体験』(『白河夜船』収録) あらすじと感想
主人公は、毎夜浴びるようにお酒を飲むことをやめられずにいる女性。飲んで飲んで、気を失うようにして眠り続ける日々。思い出すのはなぜか、以前関わりのあった春という女性のことばかりで…。
眠り、人の生死、そしてお酒。死んだ友人ともう一度出会えた夢の世界。酔った目でぼんやりと眺める世界。すべてが手の届かないくらいに遠くて、どこか哀しく、そして優しい。
夜中の庭では、木々が光って見える。ライトの光に照らされた、そのてかてかあおい葉の色や幹の濃い茶がくっきりと見える。
吉本ばなな『ある体験』
作中では、主人公が”酔った目”を通して見つめている世界がただひたすら描かれている。自分はまだまだ正常だ、と自分に日々言い聞かせてはいても、どうしても酒をやめられない時点でやっぱりどこかおかしい。そのことを理解しつつも負のループから決して抜け出せない主人公が愛おしくなる。
こういう状態にあるすべての人に、ぜひ一度読んでもらいたい一作。
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