【読書感想文】福岡伸一「生物と無生物のあいだ」はなぜこんなに面白いのか?動的平衡とは?

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読書

本書の著者である福岡伸一氏は、生物科学の分野における分かりやすい解説やエッセイに定評のある有名な生物学者である。

数ある著作の中でも、生命とはすなわちどのようなものであるかという生命科学最大の問いについて動的平衡論から徹底的に見つめ直し突き詰めた本書は非常に高い評価を受け、およそ60万部を超えるベストセラーとなった。また発行同年、サントリー学芸賞および中央公論新書大賞を受賞している。

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「生物と無生物のあいだ」の面白さとは

 本書について語る上で、まずは動的平衡というものについて説明しておく必要があるだろう。端的に言うならば、動的平衡とは絶え間ない流れの中で系全体が時間変化をせず、完全に平衡に達している状態のことを指す。

我々人間を含め、生きとし生けるものは皆、この動的平衡にある流れそのものに他ならないと本書では繰り返し説かれている。つまり全ての生き物は生命活動を続ける以上、一瞬も留まることなく常に変化をし続けているということになるのである。

 しかしながら、社会派小説でもなく娯楽小説でもない本書がこれほど多くの人の心を捉えた理由はいったいどこにあるのだろう。それはおそらく、本書が生命の美しさを全身全霊で肯定しているためではないかと私は思う。そうなのだ、本書は全ての命あるものに宿るやわらかな適応力と復元力の素晴らしさを、あらゆる科学的根拠によって裏付けている。我々一人一人が生まれ持ったその力を、精魂込めて讃えている。

 我々は皆、時間の経過に対し多かれ少なかれ恐怖心を抱いている。時は金なりとはよく言ったものだ。時間というものは目に見えず、そのくせ瞬間瞬間に、どこへともなくさらさらと流れ続けていく。どれだけの大金を積もうとも、時の流れから逃れることは誰にもできない。そしてその先には死というこれまた圧倒的な恐怖が、黒い口をぽっかりと開けて我々を待っている。

 死とは全く公正なもので、悪人にも善人にも徹底して平等に訪れる。何をどんなに頑張ろうと、またどれだけの徳を積もうと、どうせ皆いずれは死んでしまうのだ。人生の長い時の中でさまざまな経験をするうち、そんな虚無感を誰もが一度は経験するだろう。

 本書は、そんな虚しさをすっきりと取り払ってくれる圧巻の説得力と頼もしさに満ちている。およそ数十㎏もの重い肉体を引きずるようにして日々を生きている我々は、しかし決して固定的な構造などではなく、小川のようにゆるやかな流れそのものなのだ。

生きているかぎり生物は変化を続ける

 本書では生命が固定的なものでなく変わり続ける一つの流れであることを裏付けるため、生化学者ルドルフ・シェーンハイマーの研究結果をくり返し例に挙げている。

彼は生物の体内環境における代謝を追跡するため、実験マウスに重窒素で標識されたアミノ酸を含む餌を投与した。その結果、マウスの体内に入ったアミノ酸は瞬時に細かく分断され再分配され、そして体内に存在するあらゆるアミノ酸を再構築していたことが分かった。

生物が生きているかぎり、栄養学的要求とは無関係に、生体高分子も低分子代謝物もともに変化して止まない。生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である。<本書p164より引用>

マウスの体内物質は時の経過とともにくるくると入れ替わり、見る間に形を変えていく。同じように、いま現在我々の中に巣くっている孤独や絶望も時とともに消え失せ、やがて全く新しい何かにすっかり入れ替わってしまう可能性も大いにあると言えないだろうか。これが希望でなくて何であろう。そう、生命とはすなわち希望に他ならない。

本書には、著者の福岡氏が全生命に向かって紡いだ圧倒的な愛情が溢れているのだ。

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