【読書感想文】ハリエット・アン・ジェイコブズ「ある奴隷少女に起こった出来事」

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読書

ハリエット・アン・ジェイコブズという元奴隷女性が自身の苦難に満ちた半生を書き綴った本書は、刊行当初はその内容の熾烈さゆえに創作小説と誤認され、一度は人々の記憶から完全に忘れ去られた。しかしその約130年後、ある歴史学者に「再発見」され、本書に書かれていることは紛れもない「実話」であると知られるやいなや、米国で一躍ベストセラーの仲間入りを果たしたのである。

 訳者の堀越ゆき氏により日本語で翻訳刊行された本書を、ふらりと立ち寄った書店にて偶然目にした私は、帯に記されたセンセーショナルな文言にまず興味を惹かれた。そして「読んでおくべき本なのだろう」という半ば義務感に近い感情を抱いて本書を手に取った。

しかし頁を開いて読み始めてすぐに考えをあらためた。そんな頑なな姿勢で読むような本ではないと、直感的に分かったからだ。これは悲惨なアメリカ史を伝える奴隷文学としてではなく、自分と同じ一人の女性の生の声として、心で受け止めるべき本なのだと感じた。

 まずは概要を紹介しておく必要があるだろう。著者ハリエット・アン・ジェイコブズはアフリカ系アメリカ人の女性であり、奴隷所有者の「所有物」であった両親のもとに「奴隷として」生まれた。幸福な子ども時代が終わるまで、彼女自身は自分が奴隷の身であることを知らなかった。しかし愛してくれた両親が亡くなり、彼女もまた一人の奴隷として売られ、働き始めなくてはならなくなった。フリントという医師の男の「所有物」となったのだ。

フリント家で始まった奴隷生活のおぞましさは、到底ここに書き表せるようなものではない。生まれ持った美しい容姿が災いし、彼女はフリントから受け続けた卑劣な虐待に日々苦しめられることとなる。

もし、きれいな少女に生まれたならば、最も過酷な呪いをかけられて生まれたのと同じこと…白人女性であれば賞賛の的となるうつくしさも、奴隷の少女に与えられれば、人生の転落が早まるだけだ。<本書p49より引用>

 迫害される人種に生まれついたというだけの理由で地獄の苦しみを味わった彼女は、遂に決死の行動に出た。フリントの魔の手を逃れ本来あるべき自由を掴むため、他の白人男性の子を身ごもる道を選んだのだ。レイプは魂の殺人とはよく言ったものである。フリントに与えられた猛毒はじくじくと彼女を蝕み、まさしく一瞬の安らぎも許さなかった。それでも彼女は決して諦めることだけはしなかった。もはや手段を選ばす、捨て身の覚悟で抗い続けた彼女はあらゆる苦難の果てに奴隷所有者の手を逃れ、悲願の自由を手に入れたのだ。生涯逃れることのできない、新たな痛みと引き換えに。

でも、わたしは、自分の奴隷の運命に残るよりは、この現実を選んだのだ。<本書p177より引用>

 これほどの内容が一度はフィクションとして捨て置かれたという事実に、私は震撼する。本書には行間の一つ一つに、触れれば切れそうなほどリアルな痛みが満ちている。奴隷として搾取され蹂躙され続けた人々が味わってきたその痛みが、一人の少女の生の声に凝縮され、読む人の心をまっすぐに貫く。彼らの痛みはそのまま、本書を読んだすべての人の内層にひっそりと居座り続けるだろう。痛い。痛い。痛い。体中を抉り尽くす、このひりつくような胸痛こそが彼らの痛みそのものだ。痛みを抱きしめて生きてきた彼らの人生を、これからを生きる私たちは絶対にくり返してはならない。

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