エレファントカシマシ『それを愛と呼ぶとしよう』歌詞の意味を考察

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エレファントカシマシ

日本を代表する4人組ロックバンド「エレファントカシマシ」(通称エレカシ)。1981年結成、1986年にデビューし幅広い表現活動を続けている当バンドは2023年3月、無事35周年を迎えました。

本記事ではそんなエレカシの名曲『それを愛と呼ぶとしよう』の歌詞について、いちファンとして考察を書いています。

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エレカシ『それを愛と呼ぶとしよう』概要

『それを愛と呼ぶとしよう』は、エレカシ36枚目のシングル「桜の花、舞い上がる道を」収録曲。作詞作曲は宮本浩次。

当楽曲は、エレカシ楽曲にしては珍しく”ストレートなラブソング”に該当する作品である。歌詞、歌い方ともに恋人に直接語りかけるような甘い雰囲気や日常に即した言葉選びが話題となり、リリース当時はそれなりにショックを受けた女性ファンもいるとかいないとか。

エレカシ『それを愛と呼ぶとしよう』歌詞について

『それを愛と呼ぶとしよう』はラブソング?

寄り添いたくて こうして2人でいること それを愛と呼ぶとしよう
いつかは傷つけてごめんね これからもよろしくな

温かく優しい歌詞だ。読み込んでいると思わずむずがゆくなってしまうくらい。”幸せな二人”が寄り添い笑いあう光景がありありと目に浮かぶ。

この楽曲についてインターネット上の意見を辿ったところ、ごく一部のファンの人たちが「言いづらいけれど実はこの曲が苦手だ(だった)」と述べているのを目にして、個人的にはかなり驚いた。

もちろんその人たちを否定する意図は全くなく、ただ「そうか、そういう見方もあるのか…!」と目からウロコな気分になったのだ。

恋人に対するストレートな愛情を綴った歌は、たしかにエレカシ楽曲としては珍しい。

「愛情」を歌った曲ならたくさんあるが、その愛情が恋人に対するものなのか、あるいは家族や友人に対するものなのか、聴く人によって意味合いが変わってくる場合が多い気がする。

要は歌詞に含まれるフレーズや情報が非常に多角的なため、どんな人でも「共感しやすい」歌が多いのだ。これは計算されたものなのか、もしくはエレファントカシマシというバンドの特性なのかはわからないが、ただ間違いなくエレカシの魅力の一つであると言えると思う。

そのため、まぎれもなく”恋人”に向けたものとはっきり分かる詩というのは、これまでにあまりなかった。たとえば人気曲『笑顔の未来へ』もラブソングと捉えることはできる。が、MVに出演しているのが幼い少女ということもあり、曲全体をみていくと、いわゆる「家族愛」的な雰囲気も強い気がする。

一方で、この『それを愛と呼ぶとしよう』には、そんな逃げ道(?)がほとんど残されていない。

濡れたまぶたにそっとくちづけよう
歩き出そう髪をなびかせ笑う おまえが見える

歌詞をみていくと、このように明らかに”恋人の女性”を描いたリアルなフレーズが出てくる。たとえば男性アイドルがこういう楽曲を歌うのはよく見る気がするけれど、宮本浩次がこういう歌詞を書いて歌うというのはやっぱりレアケースだ。

宮本浩次はアイドルではなく、ロックミュージシャンだ。だからこそのリアリティというものがあるから、熱心なファンの人なら、そこを直視するのがつらい、表現と実生活を別物として考えられないと感じるのもある意味仕方のないことなのかもしれない。

いろいろと書いてきたけれども、私自身は女性ファンの一人としてこの楽曲が大好きだし、「恋愛ソング」として気に入っている。歌詞も曲調も好きだし、何より聴いていて普通にときめいてしまうので、やはり至上の”ラブソング”の一つなのだと思う。

ちなみに宮本浩次自身はこの曲について「恋愛の曲でもあるし、仲間の歌、自分の歌でもある」と語っている。”ラブソング”として意識して書いたわけではないということならちょっとびっくりするけれど、幅広い聴き方ができる点はやはり”エレカシらしい”し、性別や年齢層を問わず多くのファンを抱えている理由の一つでもあるんだろうなあ。

『それを愛と呼ぶとしよう』がライブであまり披露されないのはなぜなのか

当楽曲は、実はライブで披露される機会が非常に少ない。理由については特にアナウンスされていないようなのでわからないが、個人的にはこの曲を生で聴きたくてしかたない。

どうかいつか聴けますように。

一般的に「ウエディングソング」というと木村カエラさんの『バタフライ』を思い浮かべる人が多いと思うのだけど、私的No.1はこの曲だったりする。いや、本当に良い曲ですよね。歌詞のラスト一行『これからもよろしくな』がいかにも宮本浩次らしくてとても好きだ。

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