『大丈夫であるように -Cocco 終らない旅‐』は、シンガーソングライターCooco初の長編ドキュメンタリー。
本作は、『万引き家族』や『ベイビーブローカー』で有名な是枝裕和さんが監督をつとめている。内容は、Coccoのライブツアーに是枝監督が同行し、合間合間にくり返される質疑応答を通し、Coccoの内面を少しずつ紐解いていくというもの。
今回は一人のCoccoファンとして、本作をみた感想を書いています。
是枝監督作品の魅力
是枝監督作品を一言であらわすなら、やはり”リアリティに富んだ”という表現が一番しっくりくると個人的に思う。
画面の薄暗さ、現実をひとつも美化しない真摯さとあけすけさ、ストーリーそのものの暗さ重さ、そういったもの全てにそこはかとないリアリティがあって、それがそのまま鋭利な魅力となっている。見終わったあとに、あれこれはドキュメンタリー映画だったんだっけとつい思わされるような迫力。
そして、さらに本作に関しては正真正銘のドキュメンタリー映画なのだ。劇中ではシンガーソングライターCoccoのツアー中の様子、歌唱などさまざまな場面が変な演出なしの非常にリアルな空気感をともなって収録されている。
劇中にて語られたエピソードのうち、個人的に気になった部分があった。ジブリ映画『もののけ姫』にまつわるエピソードである。
『もののけ姫』のラストシーンを肯定できなかったCocco
劇中にて語られたエピソードのうち個人的に最も印象的だったのは、かの有名なジブリ映画『もののけ姫』にまつわる話だった。
Coccoいわく、『もののけ姫』を初めてみたときはそのラストシーンに全く納得できなかった、ものすごく不満で怒りさえ覚えた、と。
雄大な自然を個人的なエゴでぶっ壊してきた人間たちなのに、最後に彼らに「救い」を与えるなんてありえない。最後まで、完全に「絶望」を与えないと。
ああ結局誰かが助けてくれるんだ、なんて思わせちゃいけない。見ている人に一縷の希望を見せたらいけない。もっと徹底的な「危機感」を抱かせないと。
この部分、聞いていて本当に痺れた。ああこれこそがCoccoの本質だよなあと思った。
思えばデビュー当時からずっと、彼女は完膚なきまでの「絶望」を与えることで、その先の希望を見せようとしていたようにも感じるのだ。
デビュー曲『カウントダウン』が衝撃だったという人は多いけども、私は、例えば『ジュゴンの見える丘』のようなゆったりした曲調の中にも、破壊を繰り返す人間への「怒り」みたいな要素が実はきっちり入れ込まれていて、そこにふと気づいたときにぞくっとしてしまうことがある。
色とりどりに 煌めく世界
Cocco『ジュゴンの見える丘』
継いで接いで連ね 恥さらせ
この「恥さらせ」が、きっと彼女の何よりの本音だろう。
こんな歌詞を書くような人であればなおさら、『もののけ姫』のラストシーンで美しく花が咲くシーンなんて見たくないんだろうなというのは想像に難くない。
しかし、正直その視点すら持てない人のほうが世の中には多くて、もののけ姫のラストを素直に賛美する人たちが圧倒的に”マジョリティ”であるからこそ、こんなにも環境破壊が進んでいるのが実情なのではないだろうか。
沖縄出身のCoccoだからこそ、余計に許せない思いが強いのかもしれない。まあ環境破壊なんて地域限定の話ではないのだけども。
そうか、人間はやっぱり許されてはいけないのか。
そういったんは納得したのだけれど、実はこの話には続きがあった。
Cocco「子どもができて肯定できるようになった」
Coccoは劇中にて、『もののけ姫』のラストに怒りを覚えた数年後、子どもと一緒にあらためてこの映画を観たときに全く違う見え方をした、すでにラストを知っていながら”花が咲く”ことを願っている自分がいた、と語っている。
要はあれだけ嫌悪した『もののけ姫』のラストに待っている「希望」を自然と肯定できるようになったのだ、と。
これを聞いて、Coccoファンとしてはものすごく嬉しかった。
たとえおとぎ話みたいな希望であっても夢物語であっても、ストーリー上だけでもそれを望むことができるようになった、というのが本当に良かったなあと思う。
リストカットを繰り返し拒食に悩んだ時期の彼女をファンとして見てきたからこそ、そういう人が綺麗なラストシーンを肯定できるようになったのかと勝手に感慨深くなってしまう。少なくとも「救い」があることを100%否定するような世界観よりはずっといい。
『もののけ姫』のラストをハッピーエンドと捉えられるかどうかというのは、もしかしたら、その人が幸せかどうかのジャッジポイントの一つにもなり得るのかもしれない。本作をみていて、そんなことをちょっとだけ考えた。
それにしても近年の「顔出し」をやめたり、またYoutubeでの活動を始めたりなど生き生きしているCoccoを見るのが個人的にとても楽しい。もちろん苦労もいろいろあっただろうし、今も色々と思う部分はあるのだろうけど、それでも歌っている顔を見るとああ今は満たされているんだなあと分かる。
リアリティと、おとぎ話と。Coccoはまさしく両方の側面を持ち合わせたアーティストの一人だと思う。それが画面全体からひたすら伝わってきたドキュメンタリーだった。